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手段と目的① [徒然と。]

僕は一応文学修士です。
歴史学専攻で、東洋史、特に近現代が専門です。

何故、この分野に行ったのか。もっと楽しげな分野があるはずなのに、
こんな魑魅魍魎が渦巻く、血みどろの近現代史に足を踏み入れたのか。

理由は・・・実はかなりネガティブです。

その理由を話す前に少し話が脱線しますが、お付き合い下さい。

僕は歴史は好きです。
温故知新という言葉が好きで、この言葉は、僕が何かを考える時の基本、僕の行動原理の一つです。
歴史を見て、現在を考える。「原因(過去)があるから結果(現在)に現れている」と、考えています。

こう考えるきっかけになったのは実はとてもしょうもない理由です。

歴史オタク、歴史マニアって、もてないですよね(爆)

だから、何か自分の中で合理的な理由付けが必要だったんです。

「歴史が好き」ってだけで、女の子に敬遠される。
でも、僕は「歴史オタク・歴史マニア」と呼ばれるような人たちとは少し違うんですよ、と言いたかったわけです。

「歴史オタク・歴史マニア」と呼ばれる人は一部の「オタク」と呼ばれる人たちとあまり変わらず、
社会性が乏しい、簡単に言えば「KY」な人が多いんですよね。

そういう人とは一線を画したい。

「歴史は単に年号を暗記し、戦国武将や、三国志にやたらと詳しい、気持ち悪い人たちのものではない。」

と口癖のように言っていたのを覚えています。

さて、話は専攻の話に戻りますが・・・
大学に行くと、より一層「一線を画したい」という思いに駆られることになります。

もうね、言っちゃいけないのは分かってるんですが、あえて言います。
気持ち悪い人間ばっかりなわけですよ(苦笑)

いきなり一時間ぐらい、こちらの迷惑も顧みず、 「地元の戦国武将」について語りだす人。
しかも、話が面白ければ付き合うんですが、ただただ「知っているだけ」なんですよね。話に発展性が無い。
ずーっと「知識自慢」なわけです。

本当につまらない。ただの自己満足です。
なんというか、知識を得ることがこの人のアイデンティティになっているのでしょうね。
とてもかわいそうな人です。

では、大学の先生方はどうだったのかと言うと、
そういうつまらない人が多いんじゃないかと思ってらっしゃる方が多いんですが、
いやいやいやいや、少なくともうちの大学にはそんな人は一人もいなかったですね。

何故大学の先生の話しが面白いのかと言えば、簡単な話です。
「考えているから」です。研究しているからです。「知っているだけ」ではないのです。

ここで僕が知ったことは、
「覚えることが目的」になっている人には歴史研究は出来ない、と言うことです。

例えば、研究するに当たって、
大体自分の研究対象としている事件があるとして、
その事件が起こる前後20年くらいに起こる事件は、元号、西暦、月、日、まで覚えますね。
後は前後50年~100年くらいの歴史はとりあえず抑えておきます。

研究に必要ですから。自然と覚えます。

サッカーや野球をするのに、ルールも何も知らないままはじめる人はいませんよね。
それと一緒です。当たり前。知ってて当然。

知っていることがゴールではない。「知っていること」を使って研究をするわけですよ。
「知識」はあくまで考えるため、研究するための「手段」なわけです。

それを勘違いして、喜んでいる人がいるわけです。

そういうのが嫌で、
知識だけの人が多い「戦国」「三国志」「幕末」は避けて、東洋近現代史に行ったということです。
東洋近現代の先生の話が特に面白かったと言うこともありますが。

長い(笑)
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